横浜市が導入したい新しい産官学民連携の形「リビングラボ」とは

 横浜市の皆さんの中には、市役所の広報紙などで「リビングラボ」という言葉を目にしたことがある方がいらっしゃると思います。横浜市は、新しい公共の形として(ようするに足りない税収を補うため)企業や市民自身による社会課題解決の仕組みを模索しており、リビングラボはその中でも特に有望視されている仕組みのひとつです。

 リビングラボとUXデザインとは、HCD(human centered design, 人間中心設計)と呼ばれるものづくりの方法論を共有しています。そこでこの記事では横浜市の皆様のためにリビングラボについて解説します。

目次

  1. リビングラボとは
  2. 既存の企業活動との違い
  3. リビングラボのメリット
  4. リビングラボとCSV
  5. リビングラボと産官学民連携
  6. リビングラボと地域連携
  7. リビングラボの事例
  8. まとめ

1. リビングラボとは

 リビングラボとは、商品やサービスの開発プロセスの企画・試作・評価といった各工程に生活者が参加し、企業と生活者とで新たな価値を共創する活動のことを指します。具体的には、アイデア創出への参加、潜在ニーズ発見のための観察調査への参加、試作品の有効性を確認するための評価への参加、などの形で生活者が開発に参加します。

 初期のリビングラボは文字どおりラボ(実験室)を意味していましたが、現在ではリビングラボ的な活動そのものをリビングラボと呼んでおり、実験室の有無とは無関係です。

 また、よくある誤解としてリビングラボは産官学民連携を前提とした活動である、という解釈がありますが、実際には「官」と「学」は前提条件ではありません。特定の企業が自社利益のためだけに単独でリビングラボを運営することもあり得ます。

2. 既存の企業活動との違い

 リビングラボと既存の企業活動との違いは「生活者の関与の度合い」にあります。

 これまでも企業は市場調査や試供品モニターの形で生活者の関与を得ていました。ですが生活者はあくまでも企業にとっては調査対象であり、チームの一員ではありませんでした。

 リビングラボにおいては、生活者はチームの一員といえるレベルの積極的な関与を前提とします。そして商品開発の素人である生活者から積極的な関与を引き出すため、ワークショップやアイデアソンといった様々な手法を用います。

 この生活者関与重視の思想はJICA(独立行政法人国際協力機構)のPCM手法(Project Cycle Management)にも見られます。JICAの国際支援事業では企画立案時にPCMワークショップが開催されますが、そこには必ず支援される側の当事者が参加し、全員合意の上で方針を決定します。

3. リビングラボのメリット

 リビングラボは、企業側と生活者側の双方にメリットをもたらします。

 生活者は、社会貢献の一種としてリビングラボに協力し達成感を得ます。時には謝礼金という副収入を得ることもあります。そしてリビングラボで得られた知見から画期的な商品やサービスが生まれることで、消費者として便利さや快適さを得ることができます。

 企業は、既存の市場調査手法では得られない生活者の潜在的なニーズや困りごとを知ることができます。また試作段階において生活者の協力を得ることで、完成度を高めることができます。

4. リビングラボとCSV

 リビングラボは、企業のCSV活動(Creating Shared Value, 共通価値の創造)としての側面があります。

 生活者の抱える潜在的な課題は、それは行政が解決すべきでは?と思える領域にあることが多く、そして行政は予算と人材の不足のため社会全体としてはマイナーな課題には着手できないという現状があります。企業が生活者の抱える課題をビジネスとして解決することで、行政も税金を他の事業にふりむけることができます。いわゆる「三方よし」の状態です。

 小さなレベルでは、企業がリビングラボを運営して高齢者や障害者向けの商品開発に高齢者や障害者自身を参加させることで、収益活動の一環でありながら「社会参加の場の提供」という社会貢献が為されることになります。

5. リビングラボと産官学民連携

 企業単独では扱いきれない大きな社会課題解決のための仕組みとしてリビングラボが運営されることがあります。この場合、課題解決のための仮説を立案する場を「フューチャーセンター」、仮説を検証する場を「リビングラボ」として分けて呼ばれることが多いです。どちらの場も行政、企業、住民、その他多様な関係者が集まりひとつのチームとして活動します。

6. リビングラボと地域連携

 リビングラボは地域に常設されるべきという主張があります。地域に常設されることで「地域住民の当事者意識を喚起できる」「地域住民にとって交通の便が良くなる」「結果として地域課題解決に有利になる」というメリットが生まれます。また企業にとっては「地域課題解決を大きく掲げることで社会貢献をアピールできる」というメリットも生まれます。

7. リビングラボの事例

「湘南リビングラボ」(2014年3月閉所)

 湘南リビングラボは公益財団法人湘南産業振興財団の開設したリビングラボで、リビングラボ的な活動をしたいが充分な資金的余裕のない中小企業を支援するためにつくられました。残念ながら2014年3月に閉所しました。

東急「WISE Living Lab」

  WISE LIving Lab は、東急が次世代郊外まちづくりプロジェクトの一環としてたまプラーザに設置した施設です。現時点ではイベント会場としての「共創スペース」が先行公開されている状態です。共創スペースではワークショップやフューチャーセッションなど、地域住民の声を効果的に集める参加型イベントを開催する予定です。

「鎌倉リビング・ラボ」

 鎌倉リビング・ラボは東京大学主導で設立された産官学民共同型のリビングラボで、高齢率の高い地区である鎌倉市今泉台町内会の全面的な協力を得て運営されています。高齢者向けの商品やサービスの有効性を検証したい企業を支援することを目的としています。

神奈川県地方創生大学連携事業 三浦リビングラボプロジェクト

 三浦リビングラボプロジェクトは神奈川県の地方創生大学連携事業として運営される産官学民共同型のリビングラボで、デイサービス施設「風の谷リハビリデイサービス」の協力のもと神奈川県立保健福祉大学の主導で運営される施設です。高齢者向けの商品やサービスの有効性を検証したい企業を支援することを目的としています。

経済産業省のリビングラボ

 経済産業省主幹の次世代ヘルスケア産業協議会の作成した「生涯現役社会の構築に向けたアクションプラン 2016」によれば、「地域の高齢者の多様なニーズを満たす健康・生活支援等サービスの収集・見える化」の一環として「在宅版リビング・ラボ(仮称)」を設置し「在宅領域における多職種連携等による新たなサービスの開発・実証を、利用者等と共創する機能の充実」を図る、としています。

東京大学のリビングラボ

 経済産業省の動向と連動して、東京大学はジェロントロジー(高齢学)産学コンソーシアムの下部組織としてリビングラボWGを設置しています。このリビングラボWGは上述の鎌倉リビング・ラボとも連動しています。

産総研のリビングラボ

 産業技術総合研究所人工知能研究センター(AIRC)は、人間生活環境内で活動するロボットの研究のためにリビングラボを運営しています。ここでいうリビングラボは「人間の生活環境を模した巨大な実験施設」のことで、初期のリビングラボの概念に近い施設です。

8. まとめ

  • リビングラボとは、企業と生活者とで新たな価値を共創する活動である
  • 既存の類似の取り組みに比べ、リビングラボは生活者の関与度が高い
  • 行政は企業や市民自身による社会課題解決の仕組みとしてリビングラボを有望視している

 リビングラボは企業利益のみならず社会的にも大きな意義のある活動であり、今後全国に広がると予想されます。もしも皆さんの街にリビングラボができましたら、より良い街づくりのため、積極的な参加をお願いします。

(森山)

0コメント

  • 1000 / 1000