UXデザインにおける "苦痛のデザイン" という概念

UXデザインでは、あえてユーザーに苦痛を与えることがある

UXデザインとは心地よさを与え不愉快さを取り除くことだと思われがちですが、必ずしもそうではありません。UXデザインではあえてユーザーに「適切にデザインされた苦痛(properly designed pain)」を与えることがあります。それはおもに以下の様な場合です:

  1. 達成感を与えるための苦痛
  2. 行為を禁止するための苦痛
  3. 行為を誘導するための苦痛

達成感を与えるための苦痛

テレビゲームの中の世界では、あたりまえのように敵や障害物が現れてゲームプレイヤーを妨害します。当然ながら、敵や障害物はゲームのデザイナーが意図的に配置したものです。

これは「挑戦」という人間の本質的な娯楽をゲーム内で再現するためです。ただ敵や障害物を配置するだけでなく、プレイヤーの能力レベルに合わせてゲームの難易度レベルを調節することで、プレイヤーは達成感や自己効力感という心地よさを得ることができます。

ゲームではない製品やサービスにおいても「挑戦」の要素を盛り込むことで満足感を高めることができます。たとえば、Apple社製品は伝統的に取扱説明書を同梱しません。ユーザーが自分で操作方法を見つけていくという非常に「挑戦」的なデザインになっています。そしてApple社製品の難易度レベルはユーザーの能力レベルに合わせた適切な難易度(取説がなくとも問題ないほど使いやすい)になっています。

行為を禁止するための苦痛

人間には苦痛から逃れたいという無意識の欲求があります。そこで「特定の行為を行うと苦痛が与えられる」と予感させることで、特定の行為を阻止することができます。

たとえば、火災報知器(発信機)のボタンは透明なプラスチックの保護板で覆われ、指で保護板を破壊しないとボタンを押すことができません。実は近年の保護板はそれ自体がボタンであってそのまま押し込めるのですが、見た目は昔ながらの強化ガラス風に作られています。

これは子供がいたずらでボタンを押すことを阻止するためです。実は保護板には罪悪感(すなわち心理的苦痛)を強調する効果があります。誤報知が社会に与える迷惑の大きさを理解できない子供でも「いくらいたずらでも物を壊すのはやりすぎだ」という良心の基準があるため、押すことをためらうという仕組みです。

行為を誘導するための苦痛

禁止するための苦痛という考え方を発展させ、特定の行動を促すために苦痛を与えることがあります。童話「北風と太陽」において、太陽が旅人のマントを脱がせるために暑い日差しを浴びせたようなものです。

行為を誘導するための苦痛は、ソーシャルゲームにおいてプレイヤーに課金を促すためによく使われます。たとえば、ソーシャルゲームの典型的な構成の一つとして「ゲーム内資源を獲得するためのサブゲーム + ゲーム内資源を消費して楽しむメインゲーム」の2段構成があります。サブゲームは大して面白いものではなく且つ現実の余暇時間を消費するよう設計されます。また、メインゲームはゲーム内資源を消費するほど楽しさが増すよう設計されます。プレイヤーはメインゲームを楽しむために積極的に現実の余暇時間を消費してゲーム内資源を入手しますが、現実の余暇時間は有限であるため、プレイヤーはある時点でメインゲームを楽しむことができなくなります。「いままで楽しかったゲームを楽しむことができない」という苦痛が与えられるわけです。そして、苦痛を感じているプレイヤーにタイミングよく課金によるゲーム内資源の購入を提案すると、課金を受け入れるプレイヤーが増えるという仕組みです。なお、タイミングを見定めるためにはデジタル行動観察によるプレイヤー一人ひとりの観察が必要です。

ソーシャルゲームにおける苦痛のデザインは複雑なものですが、もっとシンプルな事例としては宣伝広告があります。宣伝広告の分野では消費者の物欲を煽るためのさまざまなテクニックがありますが、これもUXデザイン的には「欲しいのに持っていない」という苦痛をデザインしていると解釈可能です。


ユーザーの心理や行動を誘導する工夫もUXデザインに含まれます。心地よさだけでなく苦痛もデザインすることで、より強くユーザーに働きかけ心理や行動を誘導できるようになります。(森山)

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